劇団四季『鹿鳴館』へ
小雨降る中、昨日は自由劇場へ。
劇団四季『鹿鳴館』を観劇するためです。
だいたいそうなのですが、観劇する日は
朝から頭痛がして、劇場に着いても治まらず、
観劇中はお芝居に集中しているので気にはならないけれど、
帰宅するとまた頭痛といった具合。
なぜでしょう?・・・もう慣れっこだけど。
何の舞台を見るにしても、観劇前は適度に緊張していて、
適度に興奮状態にある私。
もう数え切れないくらい舞台をみているのに、
あの”生”の空間に行けるんだと思うと、いつもこんな調子です。
だからかな、この頭痛。
あ、そんな状態だったので、写真撮ってくるの忘れマシタ(笑)
・・・ノデ、ちょっと殺風景だけど、本題の『鹿鳴館』へ。
幕が開いてまず、セットの美しさに唖然。
第一幕は、影山伯爵邸の日本庭園。
第ニ幕は、鹿鳴館の中。
途中場面転換はなく、ずっと↑のセット内で
芝居は繰り広げられる。
当たり前だけれど、舞台は人工的なものであって、
”そのシーンの為に作られた場所”感を拭いきれないときがある。
けれどこの『鹿鳴館』のセットは、
本当に自分がその場所に来たような、
または実際にその場所が存在していて、
そこで実際に起きたドラマを垣間見ているような
錯覚に陥るほど細かいところまで凝ったデザインで、
芝居が始まっているのに、一通り端から端、上から下までじっくり
眺めてしまったほど素晴らしかった!
舞台の空間を目一杯使った多重構造になっていて、
奥行き、高さが際立つ立体的な美しさと、
絵画を見ているような平面的な美しさ。
この美しさに出会えたことだけでも大きな収穫だったのに、
『鹿鳴館』はまだまだすごかった・・・。
場面転換もない一つのセットで、
たった二人だけで芝居をする場面が幾つかある。
それも、数分どころじゃない。
舞台上に張り詰めた緊張感や、絶妙な台詞の間、
その二人の存在感、セットの空間といった全てのものが上手く融合し、
(調和と言ったほうがいいかも)
そこで繰り広げられる「人間の愛や裏切り」のドラマに
ぐいぐいと引き込まれていくのです。
歌うでもなく、踊るでもなく、
”芝居”・”言葉”だけで表現する「ストレートプレイ」の面白さ。
(あ、でも”芝居”にはリズム感も必要だから、
結局”歌う”ことや”踊る”ことにも通じているのだけれど)
この面白さに出会えたのも、『鹿鳴館』のお陰。
また観劇の機会があったら、今度は2階席から見てみたい。
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